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PROJECT STORY 05

長年、量産化できなかった夢の技術
長水噴射システムをゼロから開発せよ。

一般的なガソリンエンジンは、燃料の一部をエンジンの排気を冷却するために使用される。ボッシュでは、そうしたガソリンによる冷却を水で代替する「ウォーター インジェクション システム」を開発し、世界で初めて量産化に成功している。この技術は古くからモータースポーツなどの世界では使われていたが、量産化は難しいとされていた。この壁を困難の末に超えたひとりのエンジニアがいる。

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PROJECT MEMBER
YUHICHIRO GOTO
パワートレイン ソリューション事業部 開発職種
2007年入社

新たな流体の可能性を求めエンジン開発の世界へ

3歳からの3年間をロサンゼルス、8歳からの5年間をトロントで過ごした後藤にとって、日本にとどまる生活は窮屈以外の何物でもなかった。
大学では航空関連の流体力学を専攻、留学先にてマスターの資格を取得、帰国後、同大学にてドクターを修了。
しかし、いざ進路を決める際に「飛行機よりも複雑な流体を突き詰めたい」という強い想いから、自動車のエンジンに関わる仕事を目指すようになる。
世界中に拠点を持ち、最先端の技術開発に触れることのできるボッシュを、後藤が選んだのは自然な流れだった。
入社後はガソリンエンジンに燃料を供給する低圧インジェクターの開発を担当。小田原の工場内にあるオフィスで、現場からの要望を受けて量産品の問題を解決する開発業務だった。
その後、直噴エンジンに使われる高圧インジェクター開発へ。製品がドイツで量産されるため、主な仕事は国内自動車メーカーの顧客からの技術相談を受け、エンジンにマッチングさせることだった。
「ドイツ本社で設計された仕様を日本向けに最適化して展開する仕事に加え、お客様からの要望を受けて噴射のパターン、形状といった流体シミュレーションを行う技術導入にも携わりました」。
ドイツ本社に依頼するより日本で手がけるほうが格段に製品開発のスピードは上がる。
シミュレーション技術導入は後藤の所属する部署の英断によるものだった。
低圧と高圧、2つのインジェクター開発に携わった後藤に転機が訪れるのは2012年のことだ。
すでに存在する製品をチューニングする開発業務から、世の中に存在しない未知の製品をゼロから先行開発する業務へ。
新たなミッションを受けて、後藤は日本を飛び出しドイツへと旅立った。

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世界初の水噴射システムの量産化へ

ボッシュはエンジンを生産しているわけではない。
しかし、インジェクターをはじめエンジンに関わる数多くの部品を供給しており、それらの製品が顧客のエンジンでどのような挙動をするかを正確に把握できなければニーズに合致した製品開発はできない。
そうした業務を担うドイツの先行開発チームに後藤は配属された。
「燃焼システム、いわゆるエンジンの燃焼室内でどのような燃焼が起こっているかを把握した上での基礎開発です。インジェクターをエンジンに搭載して出た結果に基づき、いかに燃焼を効率化するかをお客様と一緒に考え、開発の視点からインジェクターを最適化したり、使用方法をアドバイスしたりするような仕事をしていました」。
ほどなくして欧州自動車メーカーの顧客から依頼を受けて、後藤はエンジンの燃焼室を水で冷却するウォーター インジェクションの基礎開発に携わることになる。
この技術自体は真新しいものではない。
すでに自動車レースの世界ではエンジンのパワーを追求する技術として採用されていた。
たとえば、空気を圧縮してエンジンに混合気を供給するターボエンジンでは空気が高温になるほど膨張して吸気効率が下がる。
水の噴射で混合気を冷却して吸気効率を高め、エンジンのパワーを引き出すために開発された技術がウォーター インジェクションだ。
さらに燃焼室の冷却によりノッキングと呼ばれる異常燃焼が起きにくくなるため、もっともパワーが出るように点火タイミングを調整できるメリットも生まれる。
すぐれた技術ではあるものの、市販されるクルマに搭載する量産化には大きな問題があった。
つねに整備を行うレースカーとは異なり、一般的なクルマは何万キロも走ってから整備を行う。
このメンテナンスフリーの実現が困難だったことだ。
「冬場に水が凍ってしまうと膨張してコンポーネントが壊れます。また水を使うことで部品が錆びるリスクもあります。これらを解決することが量産化の課題で、これまで誰も挑戦しようとは考えていなかったのです」。
たとえ、それらの課題をクリアして量産化しても世の中に受け入れられない背景もあった。
そこまでして排気量あたりのエンジンパワーを最大化するニーズがなかったのだ。
風向きを変えたのは欧州で始まったダウンサイジングコンセプト、エンジンの排気量を下げてパワーではなく効率重視のターボ過給を行うトレンドだった。
また欧州ではエミッション(排出ガス)規制も強化されており、ノッキングを防ぐことで排出ガスをクリーンにできる技術の需要は高まりつつあった。

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常識を捨てて辿り着いたブレイクスルー

低燃費、低エミッションというトレンドを受けて、ボッシュのウォーター インジェクションの量産化プロジェクトは始動する。
すでにボッシュで量産化されている別用途の製品を応用すれば凍結、錆といった技術面の課題についても克服できる勝算はあった。
まだ誰も成しえていない新たな技術開発に後藤の胸は躍った。
しかし、当然のことながら、そこには大きな「生みの苦しみ」が待ち受けていた。
「用途がまったく違うので、従来の製品で培ったノウハウがことごとく使えないのです。すべてゼロからノウハウを構築する必要がありました」。
お手本のない手探りの開発はトライアンドエラーの繰り返し。
無常に時間だけが流れていった。
開発開始から1年半を過ぎた頃、後藤の脳裏に漠然としたイメージが浮かぶ。
それは「従来の常識をすべて捨てること」によって辿り着いた答えだった。
「従来は空気の入口となるバルブ周辺にインジェクターを設置、筒内を濡らさないように水平に噴射するのがセオリーでした。残念ながら詳しくお話しすることはできないのですが、そのセオリーをまったく無視した、従来にない新たなアイデアが閃いたことがブレイクスルーになりました」。
ここから開発は一気に進んでいく。
さらに後藤のプロジェクトより先行して進んでいた、別コンセプトのウォーター インジェクションが欧州自動車メーカーの車両に搭載された。
約800台の小さな量産化ではあったものの、これが後藤の挑戦にとって大きな追い風となる。

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画期的な技術をシステムとして量産化する

ウォーター インジェクションを搭載した市販車の登場は、自動車業界に大きなインパクトを与えた。
開発当初から世界中の自動車メーカーに取り組みを紹介してきた後藤にとって、世界の自動車業界を動かした経験は大きな喜びになった。
現在、多くの自動車メーカーからの問い合わせを受け、後藤が手がけるインジェクターにポンプなどを組み込んだ「ウォーター インジェクション システム」は順調に量産化の準備が進んでいる。
「最初の量産化は数百台の規模でしたが、2019年にはボッシュのシステムが搭載された数万台、数十万台の市販車が街を走るようになるでしょう」。
そんな未来を描きながら、後藤はドイツを離れ日本へと戻ってきた。
2017年に帰国した後藤はエンジンシステムを統括する仕事に携わっている。
「燃焼室から一歩ズームアウトして、エンジン全体をとらえてシステム制御を最適化、効率化する取り組みを進めています。いま日本の自動車メーカーのお客様が注力しているのはリーン燃焼エンジンの開発です。熱力学的に理想的な燃焼であるリーン燃焼を実用化するには、排気ガス後処理など多くの課題を解決する必要があります」。
リーン燃焼を突き詰めていけば「化ける」という確信が後藤にはある。
次はリーン燃焼の実用化で世界の自動車業界を動かしたい。
そんな後藤の趣味はアウトドア、自然に身を置く時間を愛してやまない。
とくにロッククライミング、ボルダリングなど、壁をよじ登ることが好きだという。
手探りで新たな岩を探し、指先をかけて一気に身体を引き上げる。
未知の領域に挑戦し、より高みを目指していく。
これは仕事でもプライベートでも共通する、純粋な探究者としての後藤の欲求なのだ。

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