宇宙服にかけた夢の代わりは足元に
私がボッシュと出会ったのは、“宇宙服をつくる”という夢を諦めざるを得なくなったとき。小さい頃は飛行機のパイロットに憧れ、やがてそれをつくる人こそすごいと気づき、中学生の時に日本初の純国産ロケットの開発秘話に感動。大学で有人宇宙開発の研究がしたくて、生命維持装置や多少の移動が可能な動力源のついた宇宙服こそ究極の宇宙船だと夢はふくらみ、大学院では物質科学創造専攻に在籍し宇宙服の研究に没頭しました。しかし、いざ就職となると宇宙服の開発に携われるのはアメリカのごく限られた企業のみ。さらに9.11の影響で応募要件はアメリカの市民権を有する人に限定され、私は夢を諦めざるを得ませんでした。しかし、そこで原点に戻ることができました。小さい頃、飛行機のパイロットより、それをつくる人こそすごいと思った自分ですから、ものづくりは大好きです。私は宇宙服研究の基盤となった機械の構造力学の分野で改めて自分の可能性に挑戦しようと考えました。しかも、どうせやるなら人と違うことをやりたい。多くの学生が日本のメーカーを選ぶなか、だったら私は外資系を選ぼう。他とは違うところ、おもしろいことができそうな場所を探しているときに出会ったのがボッシュでした。ボッシュは独自の経営体制を持ち、多くの資金を研究開発費に充て、特定のメーカーグループに属さないサプライヤーであることも自由でおもしろいと感じました。しかも私は経営にも関心があり、将来の経営幹部候補を育てるボッシュ独自の育成プログラムJMP(Junior Managers Program)は興味深く、チャンスもたくさんありそうだと考えたのです。